2026年9月15日火曜日

ジョン・モリス・ラッセルとシンシナティ・ポップスは来日していないのですね

ちょっと前に、シンシナティ・ポップスの指揮者ジョン・モリス・ラッセルの就任時の動画を投稿したのですが、ラッセル氏になってからのシンシナティ・ポップスって、あまり国内では話題になっていないなあと思っていました。一時期ポップス・オーケストラのCDを集めていた時期があって、その時にラッセル指揮のCDも買っていたため、たまたま『レコ芸』(紙媒体時代)に「ライト・クラシック」を取り上げるときにも紹介したのですが、日本では話題になったのでしょうか?

そんなことを考えてYouTubeでシンシナティ・ポップスの動画を検索してみたら、以下のものが出てきました。


この動画の32秒辺りで、アジア人っぽい人々(まあ、私もアジア人ですが・汗)が行列をしてラッセル氏にサインを求める場面があり、これどこだろう、と思った次第です。

おそらく日本ではないんだろうな、と思いつつ、面倒なのでGoogle AIモードに入力してみました。
過去10年(2016年〜2026年)の間に、シンシナティ・ポップス・オーケストラによるアジア・ツアーが2017年3月に開催されています [1, 2] 
このツアーは、母体であるシンシナティ交響楽団(CSO)と合同で行われた国際ツアーの一環です。シンシナティ交響楽団としての公演に続き、ツアー後半にジョン・モリス・ラッセルの指揮のもとで「シンシナティ・ポップス」としての公演が行われました。 [1, 3, 4] 
2017年アジア・ツアーにおけるシンシナティ・ポップスの主な日程と公演都市は以下の通りです: [5] 
  • 2017年3月23日:上海(中国)
  • 2017年3月25日:台南(台湾)
  • 2017年3月26日:台北(台湾) [5] 
なお、このツアーで香港や北京も訪れていますが、そちらはシンシナティ交響楽団(CSO)名義でのクラシック公演でした。過去10年の間には日本公演は含まれていません。 [6] 

ということで、来日公演は過去10年にはなかったものの、2017年に中国・台湾で公演を行っているようですね。上に挙げた動画から察するに、なかなかの盛況っぷりだったのでしょうね。

しかし、このアジア・ツアーも9年前ということで、その後はコロナなんかもあった訳ですが、かつてほどシンシナティ・ポップスは大規模なツアーをしてないのでしょうか?

2026年9月12日土曜日

モートン・フェルドマンについて(メモ)

私がアメリカにいたのは、1993年の5月から2003年の5月までなので、およそ10年間位になります。そのうちフロリダ州立大学で過ごしたのは、1994年9月からです。

突然こんなことを書き始めますのは、今日たまたま代官山でモートンフェルドマンに関するトークイベントがあったからでした。高橋アキさん、藤枝守さん、柿沼敏江さんなどフェルドマンに直接親交があった方々の話なので、とても刺激を受けまして、フェルドマンの音楽に改めて関心を持った次第です。なお司会はフェリス女学院大学で教えていらっしゃる大西穣さんでした。

それよりもずっと内容として劣りますが、一応私がフロリダにいたの話を書いてみます(記憶で書いているので間違っているかもしれません。あしからず)。まずフロリダ州立大学在学時には、当然のようにアメリカの音楽を使った授業がありましたが、フェルドマンに言及された事は全くなかったといっても良いのではないでしょうか。唯一記憶として覚えているのは、1997年の夏学期に行われた。「第二次世界大戦以後の音楽 (Music since World War II) 」という授業で、フェルドマンの音楽がリスニング課題のリストに上がっていたことだったかと思います。フェルドマンはそもそも図書館にCDが入っていない状況で、学生もフェルドマンを課題で聴いたと思うのですが(LPレコードです)、実技専攻のアメリカ人が言っていたのは「あれは眠りの音楽だ」というような反応だったと思います。

【追記】Music since World War II のリスニング・リストが出てきたので改めて見てみましたが、Feldman音源で挙がっていたのはDurations (Mainstream LPかな) とThree Voices for Joan LaBarbara (New Albion) でした。CDも入っていました。失礼いたしました。でもフェルドマン作品で課題になっていたのは、その2つだけっぽいです。(2026/09/12)

その他思い出として持っているのは、ジョン・コリリアーノが大学に来た時でしょうか。たまたま作曲のマスタークラスのようなところにお邪魔したのですが、大半の学生はアカデミックというか、セリエルな作曲の技法を使っていた作品が多かったような気がします。その中で1人だけ、とってもフェルドマンのような音の選択をしているピアノ独奏曲を発表した学生がいました。私はとても驚いてしまいました。その曲を聴いた周りの学生たちは、その男の子の弾いたピアノを作品について、こっぴどく非難をしました(作品だけでなく、その学生の日頃の行いのこともあったのかもしれませんが、分かりません…)。そういった学生の反応に対し、「こういう音楽もいいと思う学生はいないのか」といったような発言をコリリアーノがしたように思います。そこでフェルドマンの名前を出したかどうかは記憶に残っていないのですが、世の中にはこういう曲を書く人もいる、こういう可能性もある、というようなことをコリリアーノが言ったのです。私はそちらについても、とても驚きました。

コリリアーノって言うと、調性+アカデミズム的無調主義による折衷主義という印象があって、まさかフェルドマン風の音楽を認めるとは思っていなかったのです。ただ今考えてみると、フェルドマンの音楽自体はレコード時代からもリリースされていました。マイケル・ティルソン・トーマスもOdysseyと言うColumbiaの廉価盤シリーズから出ていたモートン・フェルドマンのLPレコードを聴いてフェルドマンの音楽に目覚めたということですから、フェルドマンのアメリカ音楽家への影響と言うのは侮れないものがあるように思います。

かく言う私もボストン大学の図書館でフェルドマンのLP--それはマイケル・ティルソン・トーマスが聴いたものと全く同じレコードなのですが--を聴いたときに衝撃を受けました。A面の1番最初に録音されているのがPiece for Four Pianosというものです。これは4人のピアノ奏者が、和音だけが並べて書かれている音符を各々のペースで弾くという曲で、ある意味偶然性が埋め込まれた作品だったように記憶しています。そのピアノの四重奏の美しさにまずは感動したものでした。その他にもB面最初にStructures for String Quartetという曲もあり、それは結構反復の多い音楽で、しかもはっきりとしたリズム感があるので、後の時間感覚が失われるようなフェルドマンの響きとは違って、むしろきっちりとした時間構造を感じるものでした。しかもミニマル・ミュージック的な反復も多く、それがとても面白く感じられたのでした。

いずれにしても、アメリカにおけるフェルドマンの受容と言うのはかなり乏しかったっていうのが1990年代の後半にアメリカで教育を受けた私の印象です。CDの時代には入っていましたが、図書館にはフェルドマンのCDと言うのもなかったように記憶しています。なので、今はどうか分かりませんが、当時からフェルドマンはどちらかと言うと、アメリカ音楽の中では亜流というか異端のように考えられていたのではないかと思っています。

2026年9月8日火曜日

シンシナティ・ポップスの指揮者ジョン・モリス・ラッセル氏、就任時の挨拶 (2010年)

Cincinnati Pops New Conductor (2010/12/07)


エリック・カンゼル以降のシンシナティ・ポップスについては、何年か前の『レコード芸術』で「ライト・クラシック」をまとめて取り上げた時にジョン・モリス・ラッセルのCDも取り上げたことがありました。今日たまたま気になってYouTubeを検索したところ、ラッセル氏が就任した時の挨拶の様子がみつかったので、もう16年も前のものですが、貼り付けておきます。いまは日本語字幕も出せるようなので(どれだけ正確かは保証できませんが、大体の意味はつかめると思います)、ご覧になってみてはいかがでしょうか?

2026年9月6日日曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 みなとみらいシリーズ定期演奏会第416回 (感想メモ)

指揮者、プレトーク:原田慶太楼
共演者:宮西純(テューバ)
プレコンサート演奏:坂東裕香、熊井優、豊田実加、千葉大輝、葛西亮

演目
【プレコンサート】ホルン四重奏(五重奏):Waltzing Matilda / Australian traditional; arr. Joshua Davis

ジョージ・ガーシュウィン:《キューバ序曲》
ジョン・ウィリアムズ:テューバ協奏曲
【ソリスト・アンコール】エンニオ・モリコーネ(大橋晃一編曲):映画『ミッション』より《ガブリエルのオーボエ》
(休憩20分)
アーロン・コープランド:交響曲第3番

原田慶太楼さんの指揮でオール・アメリカン・プログラムならば行かないわけにはいかないということで、聴いてまいりました。

プレトークによりますと、《キューバ序曲》のリハでは、打楽器セクションがとても日本人らしく「真面目」だったということで、もっと踊って、だったかな、リズムのノリを出すようなことをやっておられたようです。弦楽器の主旋律が出るまでの打楽器が、下手後方ながら、ものすごくよく聴こえてきて気持ちが良かったです。ちなみにガーシュウィンは、キューバン・スティック(クラベス)、ボンゴ、ゴード (ギロ)、マラカスは指揮台の前、つまり指揮者とオーケストラの間に配置し、観客から見えるようにし、打楽器セクションの中に隠れてしまわないようにすべきであるという指示をスコアのタイトル・ページに書いていました。さすがにそれをやる人はいないとは思いますが…。

また原田さんの指揮は、弦楽器の旋律のスケール感を強調させるようアクションだったようにお見受けしました。中間部においても、弦楽器の重要な役割を再認識。また私的なサプライズとしては、曲の最後ではベル・トーンに合わせて、演奏するセクションが立ち上がり、原田さんが客席に振り返って手拍子を促したというところです。こういう「演出」は初めて体験したかもしれません。なお、最後のから2小節目は通常通りです(3回演奏ではありません)。

ジョン・ウィリアムズのチューバ協奏曲は、いわゆる折衷主義路線としてはバーンスタインやコリリアーノに通ずるところがある作品といいますか、シリアス(=クラシック)側にぐっと寄せつつも、ところどころ、やっぱりJWだな〜という箇所が聴こえてくるといったところでしょうか。第1楽章のチューバにはカデンツァもありますが、ガチのソロの部分だけではなく、ホルンとシンクロして「拡大されたソロ・カデンツァ」みたいになっているところが個人的には好きな箇所だったりします。

どこかしら都会的感覚がある第2楽章に続いて、第3楽章は「ヴィルトゥオーゾ」という言葉が適切かどうかは分かりませんが、とにかく技巧的にも圧倒的される情報量の音楽でした。客席からの盛大な称賛も納得です。こういうロジカルな展開って、やっぱり「楽天的なアメリカ」だけでは分からないアメリカ人の感覚があるような気がするんですよね(コリリアーノしかり)。

原田さんのプレトークで印象的だったのが、コープランドの交響曲第3番を演奏するには、やはりこの曲が発表された歴史的な文脈があるというお話でした。「日本人がこの作品を日本で演奏するにはちょっと苦いところがある」というところからのお話で、この第3交響曲が終戦後の戦勝国で書かれた曲である一方、単純にその勝利を謳歌している(原田氏の言葉では「セレブレーションする」)作品なのかのかどうか、という点。すなわち、第1楽章から第3楽章にかけては、けっこう「複雑な心境になる」という点。一度終戦をむかえ、次をどういう気持ちで進んでいけばいいのかということはこの曲は問うているのではないか、ということでした。これは確かにそうだなあと思うところがあります。映画だと『我等の生涯の最良の年』の世界観ということになるのかな、と想像してみたり。特に第1楽章と第3楽章の捉え方、あるいは第4楽章の、不協和音で流れが止まる以降の捉え方というのに、これらは強く影響してるかなあ、と思いました。

そのコープランドですが、第1楽章と第2楽章をアタッカで演奏するというのは、個人的に初めてではないような気がするのですが、第1楽章が終わり切る前に、金管楽器が構え始めると「おおおっ」という感じですね。

そして今回特に魅力的に感じられたのは第3楽章でした。特に後半にかけて弦楽器がうねうねと続いていく箇所がこれまでイマイチ取り留めが感じられなかったのです。ただ、その後の石田さんのヴァイオリンの美しいハーモニックスの独奏部分がつながってきて、「なるほど、こういう面白さなのかな」というのが分かりました。あのモヤモヤした感じがそのまま出て行くのが面白いのだといいますか。それで独奏ヴァイオリンで昇華されていく感覚といいますか…そこからの第4楽章といいますか。ちなみに第4楽章のコーダは「バーンスタイン・カット」でしたでしょうか? 初演の楽譜は新しい指揮者用スコアやブージーの古い版には掲載されていますが、あれで演奏する指揮者はスラットキンくらいでしょうか???

それにしてもコープランドの交響曲第3番って、全体的に非常にマッチョな曲ですよね。オーケストラの管楽器も大変だったと思いますが、その分、聴いている側も感動が得られたと思います。変拍子も多く、いろいろ罠な箇所もあるでしょうけれど、原田さんのリードで、とてもエキサイティングな演奏で面白く聴けました。会場のほうも、おそらくオーケストラの醍醐味が感じられて、特にクラシックになじみのない人ほど楽しめたのではないでしょうか? (横浜みなとみらいホール)





2026年9月5日土曜日

ロイ・ハリス:ピアノと管弦楽のための幻想曲、《真夜中に歩くエイブラハム・リンカーン》

Roy Harris: Fantasy for Piano and Orchestra. Johana Harris, piano; The M-G-M Symphony Orchestra; Izler Solomon, conductor.

Harris: Abraham Lincoln Walks at Midnight: A Cantata of Lamentation. Nell Tangeman, mezzo-soprano; Johana Harris, piano; Samuel Thaviu, violi; Theo Salzman, cello.

M-G-M Records E 3210 (LPレコード。Spotifyでは、このレコードの音源にピアノと弦楽のための協奏曲が加わっています).


ハリスが曲を付けた《真夜中に歩くエイブラハム・リンカーン》は、アメリカの詩人バチェル・リンゼイ(Vachel Lindsay)が1914年に発表した詩で、第一次世界大戦の勃発を背景に、平和を願うリンカーンの幽霊がイリノイ州スプリングフィールドの街を真夜中にさまよう様子を描いているそうです。なんでもこの詩は、第一次世界大戦の勃発にあたり、かつてリンカーンが暮らしたイリノイ州スプリングフィールドを舞台に、平和を願うリンカーンの亡霊が、世界の苦難を憂いて真夜中の街をさまよう姿を描いているのだそうです。

この詩については、アフリカ系アメリカ人の女性作曲家フローレンス・プライス(Florence Price)が、この詩を合唱とオーケストラのための合唱曲として作曲していたことが2009年に発見されたそうですが、ロイ・ハリスも1953年に「哀歌のカンタータ」という副題で、メゾ・ソプラノとピアノ・トリオのための作品を作曲していました。

MGMレーベルのレコードは私がアメリカ在住時に通販で入手したものですが、音源そのものについてはデジタル化され、Spotifyでも聴けます。ハリスらしい、崇高で真摯なサウンドが聴けます。

この作品も悪くはないのですが、個人的にはピアノと管弦楽のための幻想曲 (1953) の方に、より深い感銘を覚えます。

2026年9月4日金曜日

コステラネッツ・タッチ→ジェローム・カーンの《ショー・ボート》のアレンジ

The Kostelanetz Touch. ASV (Living Era) CD AJA 5422.

Kostelanetz Touch CDジャケット
『コステラネッツ・タッチ (The Kostelanetz Touch)』はSP時代のコステラネッツ楽団の録音を集めたCDです。19世紀後半以降、少しずつ分離の道を進んでいったクラシックとポピュラーという2つの音楽ジャンルを融合したのが「セミクラシックということであれば 、 まさに、この録音はクラシック色を強く残したセミクラシックの王道という感じがします。

その要因の一つは弦楽器を多く含む大オーケストラによる演奏であることと、録音があまりマルチくさくないところでしょうか。その点、同じコステラネッツでも、例えばステレオ時代の、軽いオーケストラによる、マルチ録音に聴かれるような「ムード音楽」っぽさがないといえるかもしれません。

このCDで個人的に好きなのはトラック7の《ジェローム・カーン・メドレー》です。というのも、コステラネッツが1955年に初来日してNHK交響楽団を指揮した録音があるのですが、《ショー・ボート》(管弦楽編) の熱い演奏にものすごく感銘を受けたからです。

ちなみにN響による《ショー・ボート》の演奏情報は楽団の演奏記録アーカイブにはありませんでした。記録に残っている演奏会は10月8日 (土) 、18:30 に日比谷公会堂で行われたのですが、《ショー・ボート》は演奏曲目には入っていないのです。同曲が演奏されたのは10月5日 (水) 21:15 からの放送(テレビとラジオの同時中継)で、お客さんを入れたNHKホールで演奏されたようです (放送開始時刻が21:30となっている資料もあるのですが、演奏曲目を解説を入れずに演奏しただけで38分になってしまうので、45分の放送時間、という方が正確なような気がします)。

ところで私が最初に「聴いた」N響の《ショー・ボート》は、同楽団の過去の名演を振り返る白黒映像でした。長い指揮棒を降るコステラネッツにビシっとパンチの聴いたオーケストラ。私は世代的にコステラネッツをリアルタイムで楽しんではいないのですが、この力強い演奏には心を打たれました。Spotifyへのリンクを貼っておきます。音が割れていたりしますが、ステレオ録音ですし、会場の迫力が伝わる貴重な記録だと思います(ちなみにコステラネッツの来日目的は「観光」であり、9月27日に羽田に到着予定だということで、それを機にN響を指揮してもらうことを企画したようですね)。


NHK交響楽団以外にも、この《ショー・ボート》をコステラネッツが演奏した録音がないものか、探していたのですが、The Kostelanetz Touch所収の録音とは同一ではなかったりします。《ジェローム・カーン・メドレー》の内容はSmoke Gets In Your Eyes; Yesterdays; Why Do I Love You?; You Are Love; Ol' Man Riverの5曲で演奏時間は9分近く。前述したように、これはこれで悪くないです。

Music of Jerome Kern というアルバムにも《ショー・ボート》のセレクションが入っています。トラック7と8で、前者はMake Believe; Bill、後者はWhy Do I Love You; You Are Love; Ol' Man Riverということで、後半3曲は共通ですね。Kostelanetz Touch はSP音源ですが、Music of Jerome Kernは ColumbiaのモノラルLP時代なので、もう少し音は良いです。アレンジも大オーケストラですが、N響より軽いフットワークかな? でも Ol'Man River の引き締まりはN響に軍配を上げます。

コステラネッツの《ショー・ボート》の録音は、Scenarios For Orchestraというアルバムの最初のトラックにも入っていて、これは22分あまりの交響詩といった趣です。じっくり味わうということになると、これなのかもしれません。改めて聴いてみると、これも素晴らしいです。(2004-08-21初版執筆、2026-09-04大幅に加筆)

2026年9月3日木曜日

アメリカ音楽メモ (ボストン時代、1994年6月)

1994年6月15日

ハリー・パーチはかつて「音楽のドン・キホーテ」と呼ばれたが、今では「哲学者」など、数多くの称賛が与えられるようになった。"the Don Quixote of music" → A "philosopher," a "visionary," an "inspired, stubborn radical."

今日は [ロバート・] ラッセル・ベネットの生誕100年の日に当たる。彼の作品がWGBH [ボストンのラジオ局] で演奏された。彼のオーケストレーションは優れている。楽想に華々しさにはやや欠けるところはある。ヴァイオリン協奏曲には、彼の作品が凝縮されているかのようで、割と古典的な構造でできているように聴こえた。1894年生まれなら、そんなもんか?

アメリカには多くの作曲がいる。もしかしたらヨーロッパよりも少ないのかもしれない。しかし、ここでは多くの作曲家の作品に出会うことができる。作曲家の多くは大学で教鞭を執っているようだが、大学教授 (作曲科) がすべて偉大な作曲家であるかどうかはわからない。[フィリップ・] グラスや [スティーヴ・] ライヒは大学とは関係ないが、大ヒットを飛ばしている作曲たちではある (偉大かどうかはわからないけど…)。大学単位で、学生のオケのレベルもそれなりに高いし、大学と地域の演奏団体とのつながりが密で、常に現役である。日本の小さな都市も人材を育てることによって、大学単位で、いろんなことができるのではないだろうか。東京の真似をして、大きなホールやオーケストラをつことだけが、地方音楽のあるべき姿でもないだろう。地域に伝統のある芸能があるなら、それらを見逃す手はない。マス・コミュニケーションは東京だけでなく、地域地域の音楽芸能活動に敏感であるべきだろう。ラジオ局は地元の演奏会・演奏家にもっと焦点を向けるべきだ。毎日東京でどんなコンサートをやっているかはよく知っているが、地元のことは分からないということが多い。

ボストンでは『ニューヨーク・タイムズ』を読まない限り、ニューヨークのコンサート情報は手に入らない。ハーバード・スクエアにでもいかなければ、その他 [=ボストン以外] の都市の新聞は買えない。「ボストンが大都市じゃないからさ」とニューヨーカーは冷たくあしらうのかもしれない。しかしボストンはかつて [指揮者セルゲイ・] クーセヴィツキーがアメリカ作曲界、現代音楽シーンをリードしていた土地でもあるのだ。

日本は東京を離れると多くのものを失ったように感じる。外国招へいのアーティストはほとんど東京でコンサートを開く。地方はいわゆる「巡業」なのである。アーティストにとっては地方公演では手を抜くこともあるという。問題はアーティストたちだけではない。聴き手の側もアーティストたちの音楽に常に厳しい目を向けるべきなのである。

日本の大学の教育の中、特に non-major [専攻外] の人たちの音楽の授業は、実は大きな意味があるように思う。Major [専攻] よりnon-majorの人の方が聴衆の大半を占めているのだ。不思議なことかもしれないが、major の人たちは自分の専攻楽器以外の音楽にはあまり関心を持たない。声楽科の学生は、いつも声楽の曲ばかり、トランペットの学生はオーケストラのトランペット・パートばかりを聴いている。彼らはしばしば曲を聴かず、各々のパッセージがいかに演奏されるべきかに聴き入っているのだ。

1994年6月17日

アラン・ホヴァネスは多作家で、現在、交響曲の数だけでも62を超えると言われている。その奇妙な響きに魅力がある。インド、日本などアジア各地に滞在経験があり、旋法的な響きのする音楽である。

1994年6月21日

マリー・シェーファー「人類最初の音楽は、即興によるものだったと考えられる。」

楽譜は、グレゴリオ聖歌のように、はじめは「記録する」ためのものだったに違いない。楽譜がある程度正確に演奏を記録できるようになってから作曲家が出現したのでは?


宗教関係者によって書かれた?〜ムジカ・エンキリアデス

同じ曲を何度でも演奏できる→作曲家としての地位がが生まれた?

思弁的な音楽?

mind と intelligence 情--知的に捉えた情が本当の情なのか、分析可能なのか?

同じfeeling を再び取り出すことはできるのか? feeling...様々なcontextで多種多様に変わる




2026年8月25日火曜日

作曲家に聴く:ポール・クレストン(《うわさ》ほか)

Listening to the Composers: Paul Creston. Making Music Your Own, Book 6, Record 1. Silver Burdett Records. <発売=1971年>

アメリカの出版社Silver Burdettから出されていた音楽の教科書用の音源からの1枚からご紹介します。10枚のレコードがまとめて、頑丈なプラスチックのキャリーバッグに収納されています。サイズ感を出すために、別の教育用のドーナツ盤レコードを置いてみました(以前にこちらで紹介させていただいたものになります)。

内容ですが、6年生のトムとナンシーが、ある日の午後にポール・クレストンの仕事部屋を訪ね、インタビューをするという趣向です。「台本を読んでます感」ありありとはいえ、おそらく事前にやり取りをして、それを台本化してしゃべっているのではないかと推測しています。


トムがまず、クレストンの「music workshop」(クレストン自身は「studio」と呼んでいるそうです)の壁に飾ってあるサイン入り写真について尋ねます。これらも作曲家ですか、と。クレストンは、自分の作品を演奏してくれた歌手、ヴァイオリン奏者、指揮者など音楽家だそうです。インスピレーションを得るために飾ってあるのだとか。また棚には音楽書を置いているということです。ナンシーは「それじゃ、楽譜はどこに置いてあるんですか? 私のようにピアノの椅子の中ですか?」と尋ねます(日本だとあまり見かけないかもしれませんが、アメリカだとピアノの座る箇所が上に開いて、そこに楽譜などを入れるスペースができる椅子があるんです)。クレストンは楽譜は多すぎて 、それはできないと返答。大きなクローゼットに自作のスコアを保存する棚があるということ。ピアノには頻繁に参照する楽譜が積み上げてあるそうですが、奥さんはうれしくないそうです。


それで楽譜はすべてクレストンのものか、と子どもたちがたずねると、ほとんどは、ということで、見てみる?ということになります。ナンシーは《Two Babies》という曲を見つけます。「これは子守歌ですか?」と尋ねると「それはとても良い質問ですね。じゃあ私が弾いてみましょう。音楽そのものに答えてもらいましょう」ということで、クレストンのピアノが演奏されます。子どもたちは曲が気に入ったそうで、トムはこれは最初に書いた曲ですか? という質問をします。「違います」と答えて、最初に作った曲は8歳の時に書いたと付け加えます。

「その時は有名な作曲家になるなんて思ってなかったでしょ?」とトムが言うと、クレストンは「そうですね。作曲を天職にしようなんて大人になるまで全く考えてませんでした。それまでは作曲は趣味でした」とのこと。

ナンシーは、ピアノ以外に演奏できる楽器について尋ねると、クレストンはオルガンとヴァイオリンが演奏できると答えています。その他兄弟の話がちょっと挟まり、オーケストラ曲の《うわさ》の解説になります。伝言ゲームのように当初の旋律(あるいは音楽の「うわさ」)がどう変わっていくかについて説明し、最初に聴かれる旋律をピアノで弾いてみせます。そして途中で演奏される変形を弾いてみて、最初の旋律との違いを子どもたちに感じ取ってもらっています。その後、オーケストラ(モノラル録音)による抜粋が再生されます。

その録音で聴かれたセクションの一部を取り出し、ピアノで演奏し、同時に(対位法的に)鳴り響いていた2つの要素の違いを子どもたちに判定されていました。この辺りから、レコードを実際にクラスで聴かせたら脱落する子どもたちが出てきそうな予感…。模倣の話もしています…。オーグメンテーションの話もしています。分かるかなあ。

ということで、一通りクレストンが《うわさ》で使われている作曲技法を説明したところで、最後に全曲が演奏されます(9分40秒辺りから)。前段落に書いた説明については全部分からなくても、すでに主要主題を何度もクレストンのピアノで聴いているので、案外面白く聴けるかも、とは思います。

全部でおよそ16分弱の内容です (2026-08-29誤字訂正)。

ロン・ネルソン&ジョン・コリリアーノ作品集 (吹奏楽作品集)

The Compositions of Ron Nelson and John Corigliano. The Kent State University Wind Ensemble; John Boyd, conductor. Golden Crest ATH-5083 (The Authenticated Composers Series).

Golden Crestから "The Authenticated Composers Series" という一連のシリーズ物レコードがリリースされていました。作曲者の意図とはかけ離れた勝手な解釈による演奏が蔓延していたことを問題視して、作曲者が指揮あるいは監修した録音をレコードにして発売するというのが趣旨だったようです。何枚出ていたのかまでは知らないのですが、これはかなり後の方に出たのではないかと思っています。たいていは一人の作曲家に1枚なのですが、この1枚はなぜか2人の作曲家の作品で1枚という扱いです。二人とも、まだメジャーな存在じゃなかったのかな?

内容ですが、第1面にRon NelsonのMedieval Suiteというのが入っていて、Homage to Leonin、Homage to Perotin、Homage to Machautという3楽章からなっています。吹奏楽曲だけど、割と声が前面に出てくる感じ。吹奏楽に詳しくない私は「こんな曲も作ってたのね〜」という感じですが、ネルソンの代表作の一つに考える人も少なくないようです。第2面は Rocky Point Holiday、打楽器が優しめに入っていて軽快。

コリリアーノは Gazebo Dances。4手ピアノのための作品を作曲者自身が編曲したもの。オケ版もありますね。

なおこのレコード、コリリアーノの音楽がメジャーになる前の録音なのでしょうか? ジャケットにもネルソンの写真はあってもコリリアーノの写真がありません。

2026年8月19日水曜日

ベル・テレフォン・アワー(ドナルド・ヴォーヒー指揮ベル・テレフォン・アワー管弦楽団)収録風景+テレビ中継方式紹介映画

The Bell Telephone Hour (1946) Music, Television & The Bell System | 16mm Film Scan


たまたま面白そうな動画をみつけたので、ご紹介します。

YouTubeのアップロード主のコメントによると、こちらの映像は、もともとは1946年2月に放送されたラジオ番組『ベル・テレフォン・アワー』なんだそうで、それを映画とした映像がこれなんだそうです。

オープニングでは、テーマソングが演奏され、アナウンサーがしゃべりだすタイミングを指揮者が与えているのが興味深いです。つづいて演奏されるのはアントニオ・カルロス・ゴメス (Antônio Carlos Gomes, 1836-1896) 作曲のオペラ・バッロ《イル・グアラニー Il Guarany》序曲だそうです。曲が演奏される時に、それを背景音楽として、録音の背後で働くベルのスタッフについての説明が入っています。

間に長めのベル社の宣伝がはいります。テレビ・ネットワークについての説明が、電話やラジオのネットワークの話に遡ってなされていますね。

そして最後は、ヨゼフ・ホフマンがベートーヴェンの《皇帝》協奏曲の第3楽章を演奏しています。鍵盤の上から撮影しているのも面白いです。番組の冒頭アナウンスではラフマニノフの作品にも言及されていますが、それは収録されていないようです。

エンディング曲では、ブース内からアナウンサーにキューが出ていますね。

2026年8月17日月曜日

ミシガン州立大学シンフォニック・バンド (ケネス・G・ブルームクイスト指揮)

YouTube→MICHIGAN STATE UNIVERSITY SYMPHONIC BAND - Volume 1 LP (1975)

アルフレッド・リードの《「ハムレット」のための音楽》を聴いていますが、第1曲は序奏の恐ろしさと主部に入ってからの「熱さ」が良いですね。もちろんコンクール向けカットはなしです。高校2年の時に演奏したのが懐かしいです。もちろんこんなに上手では全くないですが…。

2026年8月2日日曜日

オーマンディ 1957年録音の《グランドキャニオン》

Eugene Ormandy and the Philadelphia Orchestra - The Columbia Stereo Collection 1958 -1963 (→アマゾン

ユージン・オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団『コロンビア・ステレオ・コレクション1964-1983』で、1957年録音の《グランド・キャニオン》を聴きました。

オーマンディは、このグローフェ作品を1967年に再録音していて、そちらは廉価盤LPレコードで持っていました。レコード・ガイドなんかでバーンスタイン盤とともに推薦されていたので買ったのだと思います。ただ、個人的好みとしては、曲のスケール感は大きいものの、特に<豪雨>楽章が重々しく、ピアノの上下するアルペジオがねっとりした感じで演奏されているのが好みではなかったりもします。その後、デジタルの新録音として発売されたドラティの重々しさも好みにはなれず(なぜかDaccaの輸入盤LPを持ってました。石丸電気で買ったのかな?)。

実は私が《グランド・キャニオン》で最初に好きになった演奏がフェリックス・スラトキン指揮ハリウッド・ボウル交響楽団の演奏でした。確か諸井誠さんが司会をされていたころのNHK-FM放送のクラシックのリクエスト番組であったように記憶しています。そのスラトキン盤は長いこと探していたのですが、今はなき富山市総曲輪のフクロヤでは、通常の分類ではなく廉価盤だけまとめて置いてある別コーナーにあることが分かり、みつけて買ったときには感動したものです。

さてオーマンディ1957年録音ですが、第1曲の<日の出>からして、きらびやかなオーケストラの響きが、エネルギッシュな息づいかいの中にいきいきと表現されています。そしてクライマックスの畳み掛けにいたるまで、怒涛の流れは断然10年後の録音よりも好みです。ハープは実演よりも大きめに録音されているように思いますが、それが泡のように広がる感じは、録音のなせる技かと思います。

第4曲の《日没》の独特の歌わせ方も魅力的です。1967年録音は楽譜に忠実な感じがしますが、57年録音は、もっと自由で、ムード音楽的な性格が強いように思われました。

全体にクラシック然とした解釈を好みの方は、上記ドラティ盤やオーマンディ67年録音が良いのだと思います。また一般的にもそちらの方が定評が高いのかもしれません。ただ私は旧録が良いのかな、と思いました。