2026年11月2日月曜日

クレストン:交響曲第2番 ハワード・ミッチェル指揮ナショナル交響楽団

Paul Creston: Symphony No. 2. The National Symphony Orchestra; Howard Mitchell, conductor. Westminster XWL 18456 (LP).

クレストンというと、大半の方は吹奏楽の曲から入られるのでしょうか? 私はクレストンの吹奏楽作品というのを渡米するまで全く聴いたことがなく、この交響曲第2番が最初だったはずです。ボストン大学の図書館にあった、このミッチェル盤でした。第1楽章のスケールの大きな、ロマンティックな音楽に惚れ込みました。

その第2交響曲は1944年に作曲された2楽章形式の作品です。クレストンは同曲を「全ての音楽を代表する2つの基礎-歌と踊り-の賛歌」としています。確かに第1楽章にみられる美しく叙情的な旋律は魅力的で、感情の自然な起伏を大切に、素朴に歌い上げています。おそらくピアノの使用が、ハープでは表現できない、この素朴さにつながっているのではないでしょうか。第2楽章は激しいパッセージがレチタティーヴォ風に流れ出す部分と、白熱したダンスの部分で成り立っています。自然に体が乗り出してくるような音楽です。

クレストンは1970年代の雑誌記事で、近年の作曲家はテクニックの習得に囚われすぎて魂の抜けた作品ばかり作っていると言っているのですが、アカデミズムと自然に距離を保つことが出来たクレストンならではのこのような発想が、力強い第2交響曲の原動力になっているのでしょう。


しかし、そもそもクレストンという作曲家を知ったのはどういう経緯だったのか記憶にありません…。可能性としては《舞踊序曲》のCRIのLPレコードが図書館の除籍資料として置かれていて(無料配布)、当時はまだレコード・プレイヤーを持っていなかったので、とりあえずクレストンという名前に出会い、そこからデータベース検索をして交響曲第2番とサキソフォン協奏曲(吹奏楽伴奏、Dale Underwood独奏→YouTube)を聴いた、ということだったのかもしれません (2019.6.28.執筆の文章にもとづく)

2026年10月24日土曜日

『アメリカのオルガン音楽』ジョージ・ベイカー (トゥールーズのサン・セルナン教会、カヴァイエ=コル製オルガン)

George C. BAKER – American Organ music – Saint Sernin Toulouse, Cavaillé-Coll organ. FY 025 (LPレコード)
→Discogs

A1        チャールズ・アイヴス:「アメリカ」による変奏曲(1891)
A2        アイヴズ:神の御子は今宵しも(1897)
A3        レオ・サワビー:フルート・ストップのための幻想曲
A4        ジョージ・C・ベイカー: ファー・ウェスト・トッカータ作品2
B1        ハーマン・バーリンスキー: 燃える荊
B2        ヴィンセント・パーシケッティ:コラール前奏曲《滴れ、滴れ、ゆっくりと、涙よ》作品104
B3        ロバート・アンダーソン賛美の歌《テ・デウム》
B4        マイロン・J・ロバーツ:前奏曲とトランペットの響き



アイヴズのオルガン作品を初めて聴いたのが新潟大学の音楽史の授業でした。そしてその時に使われた音源が、まさにこのレコードでした。なめらかな進め方で、とても品のよい演奏。そして復調の間奏、ちょっとカオスな終結部など、説明を受けてから聴いて感動したものです。その時の教員が使ってたレコードはフランス盤ではなく、Delosからリリースされたアメリカ盤でした。私は大学院で東京に住んでいたころ、御茶ノ水のディスク・ユニオンで入手した次第。東京学芸大学の院生だったころ、足立美比古先生の授業でアメリカ音楽を紹介する機会があり、その時にも、このアイヴズ作品を聴きました。

さて、前述の新潟大学の授業では、《神の御子は今宵しも》の前奏曲も聴きました。いやあ、いま聴いてもなかなかすごいですね、冒頭から。まさか有名なクリスマスの賛美歌の反行形だとは、一聴した感じだと分からないですよね。

そのほかの作品では、Herman Berlinski のThe Burning Bush なんかが、あまり無調のオルガン曲に親しんでいない自分としては驚きだったかな。それからGeorge C. BAKER: The Far-West Toccata, op. 2、Myron J. ROBERTS: Prelude and Trumpetings、いずれも素敵な曲だと思うのですが、レコードだと内周部分にオルガンの強奏がやってきて、ちゃんと針が音をトレースできているのか心配になります。CDになってくれれば、安心して聴けるんですけど、デジタル化してほしい1枚です…。

2026年10月18日日曜日

ジョン・アダムズ:狂乱 Frenzy (ビシュコフ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)

先週デトロイト交響楽団が演奏した放送は逃してしまいましたが、チェコ初演の動画は観られるようなので、リンクしておきます。コンサート1曲目です。 

2026年10月17日土曜日

忘れられた父フィリップ・ジェームズ

Forgotten Daddy by by Phil Nyokai James

私の博士論文は1930年代、アメリカのラジオ局によって委嘱されたアメリカ音楽というものでした。現在フェリスでの私の所属先は心理コミュニケーション学科メディア専攻なのですが、ちょうどそのジャンルに属する内容だったのかもしれません。

博士論文で扱った作品に、フィリップ・ジェームズの《ラジオ局WGZBX》(1932) という作品があります(→YouTube)。残念ながら博論執筆の際には音源が入手できなかったのですが、幸いスコアは入手できたので、MIDI打ち込みを行いました。

それで、私の博論ご覧になったかどうかは分からないのですが、フィリップ・ジェームズの息子さんが、Facebookのメッセージで私に連絡をしてきました。そこで紹介されたのが、上記のリンクでした。

まだ読んでいないので詳しくはご紹介できないのですが、このページの割と上の方に、ミルトン・バビットがフィリップ・ジェームズのことを語る音声があり、とても興味深く聴きました。バビットというと、アメリカでセリエリズム音楽を理論的に主導したカタブツという印象が強いかもしれませんが、リアルタイムでポピュラー音楽にも触れてきた人ということでもあってか、割と幅広い音楽的関心をお持ちでした。そして、彼がフィリップ・ジェームズを指揮者として、作曲家として高く評価しているような内容で、意外な発見となりました。

2026年10月11日日曜日

ポール・クレストン:交響曲第1番 第1楽章・第3楽章 (それぞれ冒頭部分のみ) (演奏者不明) (米国戦争情報局)

Contemporary American Music Series No. 21: Paul Creston: Symphony No. 1, Opus 20, First Movement (Beginning) and Third Movement (Beginning). Office of War Information Overseas Branch No. 13-3157 (78 rpm).


レーベルにある Office of War Information は、Wikipediaによると、「第二次世界大戦期の1941年7月11日にフランクリン・ルーズベルト大統領が設置したアメリカ合衆国の諜報・プロパガンダ機関」だそうです。またレーベルの情報を頼りにすると、おそらく音源は『現代アメリカ音楽』というラジオ番組の第21回ということのようですね。

演奏されているのは、イタリア系のアメリカ人作曲家、ポール・クレストンの交響曲第1番の抜粋です。ラベルが残っている Part 4は、確かにその第3楽章の冒頭です。78回転盤なので、途中で終わってしまいます。現在はNaxosレーベルから別の録音 (CD) があるので、曲を知るには問題がありませんが、それが出るまでは、作品の音を聴くことはできなかったということになりそうです(商業録音はなかったので)。

Part 4の裏側はラベルがはがされちゃったのでしょうか、真っ白なのですが、実際に聴いてみたら、交響曲第1番 第1楽章の冒頭でした。そうすると、Part 1ということになるのかな? となると、オート・チェンジャーで聴くことを前提とした面切り?がされていて、どこかにPart 2とPart 3があるのでしょうか。残念ながら、僕がもっているのは、この1枚だけです。

また残念なのが、このレーベルには演奏者の表記がないので、指揮者やオーケストラは分かりません。おそらく番組の情報から探ることも可能でしょうが、そこまでやる気がおこらないので、現状は放置状態です(汗)。

2026年10月1日木曜日

1984年、ドイツのテレビ番組『Bio』に出演したローリー・アンダーソン

ローリー・アンダーソンがドイツのテレビ放送に出演していたのですね。YouTubeの概要欄に書かれた記述をAI翻訳したのものを以下に貼り付けておきます。

1984年、ドイツのテレビ番組『Bio』に出演したローリー・アンダーソン

1984年9月17日、ドイツのテレビ番組『Bio』で、ローリー・アンダーソンが「ヒューマン・ドラム」とサンプリングされたバイオリンを演奏した。アルフレッド・ビオレックがローリー・アンダーソンにインタビューを行い、サンプリング技術や音楽用コンピューターについて語り合った。ローリーはこれらの技術を駆使し、時代をはるかに先取りしていた。

2026年9月27日日曜日

不合理な世界のための合理的な音楽 (カセットテープ)

Rational Music For An Irrational World. Just Intonation Network Compilation Volume 1. 番号なし。
→Discogs
→archive.org

ルー・ハリソン:《詩人のためのエア》ハリー・パーチ:《ユリシーズ、世界の果てから旅立つ》ほか


1989年にリリースのカセットテープで、純正律によって調律された楽器のための音楽を集めたコンピレーションです。とはいえ、ほとんどが電子楽器を使ったもので、作風は古典的なものから、よりロマンティックなものまで様々です。ハリー・パーチのUlysees Departs from the Edge of the Worldは、収録された作品の中ではもっともおなじみのものといえるかもしれません。ギターのための作品もあります。個人的に好きなのはジュール・シーゲル (Jules Siegel)の《私たち一般人のための前奏曲とフーガ Prelude and Fugue for the Rest of Us》でしょうか。バッハのオルガン曲を思わせるタイトルですが、きらきらした音もついたシンセによる前奏曲からして思わせぶりで、フーガに味わいがあります。

奇妙なもので、ギターの作品の場合は、因習的な作風でも普通に受けつけられますし、パーチは他の作品で親しんでいるため、すでに耳が慣れています (初めて聴く人には驚きかもしれませんが)。しかし電子音による純正律作品は、どうしても微分音音楽に聞こえてしまいます。よほど平均律が電子楽器の常識という耳ができているのでしょうか。不思議です。和音が純正律によって、より美しく響くというのは頭では分かっているつもりでも、旋律の進行としてはどうなのか、あるいは不自然さを感じるのは、私の音律感覚のせいなのか、気になるところです。

他の人たちが、こういった音楽をどう聴くのかに興味があります。(2001-08-26執筆、2026-09-27文体変更・編集)

2026年9月23日水曜日

ジャンニーニ:IBM交響曲

Vittorio Giannini: IBM Symphony (1937). Columbia Symphony Orchestra; Vittorio Giannini, conductor. 


ヴィットリオ・ジャンニーニというと、アルフレッド・リードやジョン・コリリアーノの先生というで知られており、また吹奏楽のための交響曲第3番あたりが有名でしょうか。

このIBM交響曲については全く知らなかったのですが、YouTubeがおすすめしてきたので、リンクを貼っておきます。動画の概要欄には「インターナショナル・ビジネス・マシーンズ社(IBM)のために特別に作曲され、『世界貿易による世界平和』に捧げられた」と説明があります。

さらにコメントを探ってみると、この曲はジャンニーニが2番目に作った交響曲ながら、番号が付いていないのだそうです。作曲年代順に並べると、以下のようになるんだとか。こちらで調査したものではないので、とりあえずのものとして挙げておきますね。

1)  交響曲《セオドア・ルーズベルト追悼 In Memoriam Theodore Roosevelt》
2) 《IBM交響曲》
3)   交響曲第1番
4)   交響曲第2番
5)   交響曲第3番
6)   交響曲第4番
7)   交響曲第5番

演奏しているコロンビア交響楽団というのは、年代的に考えてColumbia Recordsのオーケストラではなく、Columbia Broadcasting System (CBS) のオーケストラかな、と思います。

【追記 2026-09-23】交響曲《セオドア・ルーズベルト追悼》の作曲年代は不詳みたいですね (ノースカロライナ大学芸術学部)。 また、音も見つかりました→YouTube 曲は、グラーヴェ--アレグロ、アンダンテ・ソステヌート、アレグロ・ヴィーヴォ、アレグロ・アパッショナートの4つの楽章からなるそうです。演奏はハワード・ハンソン指揮イーストマン・ロチェスター管弦楽団で、1936年のライブ録音とのこと。(2026-09-27訂正)


2026年9月15日火曜日

ジョン・モリス・ラッセルとシンシナティ・ポップスは来日していないのですね

ちょっと前に、シンシナティ・ポップスの指揮者ジョン・モリス・ラッセルの就任時の動画を投稿したのですが、ラッセル氏になってからのシンシナティ・ポップスって、あまり国内では話題になっていないなあと思っていました。一時期ポップス・オーケストラのCDを集めていた時期があって、その時にラッセル指揮のCDも買っていたため、たまたま『レコ芸』(紙媒体時代)に「ライト・クラシック」を取り上げるときにも紹介したのですが、日本では話題になったのでしょうか?

そんなことを考えてYouTubeでシンシナティ・ポップスの動画を検索してみたら、以下のものが出てきました。


この動画の32秒辺りで、アジア人っぽい人々(まあ、私もアジア人ですが・汗)が行列をしてラッセル氏にサインを求める場面があり、これどこだろう、と思った次第です。

おそらく日本ではないんだろうな、と思いつつ、面倒なのでGoogle AIモードに入力してみました。
過去10年(2016年〜2026年)の間に、シンシナティ・ポップス・オーケストラによるアジア・ツアーが2017年3月に開催されています。 [1, 2] 
このツアーは、母体であるシンシナティ交響楽団(CSO)と合同で行われた国際ツアーの一環です。シンシナティ交響楽団としての公演に続き、ツアー後半にジョン・モリス・ラッセルの指揮のもとで「シンシナティ・ポップス」としての公演が行われました。 [1, 3, 4] 
2017年アジア・ツアーにおけるシンシナティ・ポップスの主な日程と公演都市は以下の通りです: [5] 
  • 2017年3月23日:上海(中国)
  • 2017年3月25日:台南(台湾)
  • 2017年3月26日:台北(台湾) [5] 
なお、このツアーで香港や北京も訪れていますが、そちらはシンシナティ交響楽団(CSO)名義でのクラシック公演でした。過去10年の間には日本公演は含まれていません。 [6] 

ということで、来日公演は過去10年にはなかったものの、2017年に中国・台湾で公演を行っているようですね。上に挙げた動画から察するに、なかなかの盛況っぷりだったのでしょうね。

しかし、このアジア・ツアーも9年前ということで、その後はコロナなんかもあった訳ですが、かつてほどシンシナティ・ポップスは大規模なツアーをしてないのでしょうか?

2026年9月12日土曜日

モートン・フェルドマンについて(メモ)

私がアメリカにいたのは、1993年の5月から2003年の5月までなので、およそ10年間位になります。そのうちフロリダ州立大学で過ごしたのは、1994年9月からです。

突然こんなことを書き始めますのは、今日たまたま代官山でモートンフェルドマンに関するトークイベントがあったからでした。高橋アキさん、藤枝守さん、柿沼敏江さんなどフェルドマンに直接親交があった方々の話なので、とても刺激を受けまして、フェルドマンの音楽に改めて関心を持った次第です。なお司会はフェリス女学院大学で教えていらっしゃる大西穣さんでした。

それよりもずっと内容として劣りますが、一応私がフロリダにいたの話を書いてみます(記憶で書いているので間違っているかもしれません。あしからず)。まずフロリダ州立大学在学時には、当然のようにアメリカの音楽を使った授業がありましたが、フェルドマンに言及された事は全くなかったといっても良いのではないでしょうか。唯一記憶として覚えているのは、1997年の夏学期に行われた。「第二次世界大戦以後の音楽 (Music since World War II) 」という授業で、フェルドマンの音楽がリスニング課題のリストに上がっていたことだったかと思います。フェルドマンはそもそも図書館にCDが入っていない状況で、学生もフェルドマンを課題で聴いたと思うのですが(LPレコードです)、実技専攻のアメリカ人が言っていたのは「あれは眠りの音楽だ」というような反応だったと思います。

【追記】Music since World War II のリスニング・リストが出てきたので改めて見てみましたが、Feldman音源で挙がっていたのはDurations (Mainstream LPかな) とThree Voices for Joan LaBarbara (New Albion) でした。CDも入っていました。失礼いたしました。でもフェルドマン作品で課題になっていたのは、その2つだけっぽいです。(2026/09/12)

その他思い出として持っているのは、ジョン・コリリアーノが大学に来た時でしょうか。たまたま作曲のマスタークラスのようなところにお邪魔したのですが、大半の学生はアカデミックというか、セリエルな作曲の技法を使っていた作品が多かったような気がします。その中で1人だけ、とってもフェルドマンのような音の選択をしているピアノ独奏曲を発表した学生がいました。私はとても驚いてしまいました。その曲を聴いた周りの学生たちは、その男の子の弾いたピアノを作品について、こっぴどく非難をしました(作品だけでなく、その学生の日頃の行いのこともあったのかもしれませんが、分かりません…)。そういった学生の反応に対し、「こういう音楽もいいと思う学生はいないのか」といったような発言をコリリアーノがしたように思います。そこでフェルドマンの名前を出したかどうかは記憶に残っていないのですが、世の中にはこういう曲を書く人もいる、こういう可能性もある、というようなことをコリリアーノが言ったのです。私はそちらについても、とても驚きました。

コリリアーノって言うと、調性+アカデミズム的無調主義による折衷主義という印象があって、まさかフェルドマン風の音楽を認めるとは思っていなかったのです。ただ今考えてみると、フェルドマンの音楽自体はレコード時代からもリリースされていました。マイケル・ティルソン・トーマスもOdysseyと言うColumbiaの廉価盤シリーズから出ていたモートン・フェルドマンのLPレコードを聴いてフェルドマンの音楽に目覚めたということですから、フェルドマンのアメリカ音楽家への影響と言うのは侮れないものがあるように思います。

かく言う私もボストン大学の図書館でフェルドマンのLP--それはマイケル・ティルソン・トーマスが聴いたものと全く同じレコードなのですが--を聴いたときに衝撃を受けました。A面の1番最初に録音されているのがPiece for Four Pianosというものです。これは4人のピアノ奏者が、和音だけが並べて書かれている音符を各々のペースで弾くという曲で、ある意味偶然性が埋め込まれた作品だったように記憶しています。そのピアノの四重奏の美しさにまずは感動したものでした。その他にもB面最初にStructures for String Quartetという曲もあり、それは結構反復の多い音楽で、しかもはっきりとしたリズム感があるので、後の時間感覚が失われるようなフェルドマンの響きとは違って、むしろきっちりとした時間構造を感じるものでした。しかもミニマル・ミュージック的な反復も多く、それがとても面白く感じられたのでした。

いずれにしても、アメリカにおけるフェルドマンの受容と言うのはかなり乏しかったっていうのが1990年代の後半にアメリカで教育を受けた私の印象です。CDの時代には入っていましたが、図書館にはフェルドマンのCDと言うのもなかったように記憶しています。なので、今はどうか分かりませんが、当時からフェルドマンはどちらかと言うと、アメリカ音楽の中では亜流というか異端のように考えられていたのではないかと思っています。

2026年9月8日火曜日

シンシナティ・ポップスの指揮者ジョン・モリス・ラッセル氏、就任時の挨拶 (2010年)

Cincinnati Pops New Conductor (2010/12/07)


エリック・カンゼル以降のシンシナティ・ポップスについては、何年か前の『レコード芸術』で「ライト・クラシック」をまとめて取り上げた時にジョン・モリス・ラッセルのCDも取り上げたことがありました。今日たまたま気になってYouTubeを検索したところ、ラッセル氏が就任した時の挨拶の様子がみつかったので、もう16年も前のものですが、貼り付けておきます。いまは日本語字幕も出せるようなので(どれだけ正確かは保証できませんが、大体の意味はつかめると思います)、ご覧になってみてはいかがでしょうか?