2017年2月16日木曜日

ミルトン・バビット:『ソロと小デュエット』 現代音楽グループ

ミルトン・バビット:『ソリ・エ・ドゥエッティーニ (独奏と小二重奏曲)』 現代音楽グループ

《アラウンド・ザ・ホルン》、《ホワールド・シリーズ》《フルート独奏のみ》、《くどい小言》、《ビートゥン・パス》、《プレイ・イット・アゲイン・サム》《独奏と小二重奏曲》、《メリスマータ》 ザ・グループ・フォー・コンテンポラリー・ミュージック

NMLリンク → http://ml.naxos.jp/album/8.559259

バビットの音楽は漫然と聴くとランダムな音の連続のように聴こえる。精巧なセリエリズムよって音が配列されながらも不協和音程の跳躍が多く、一聴しただけでは拍節感がつかみにくいからだろう。だが音にじっくりと立ち向かうと、一音ごとに細かく指示されたニュアンスに驚嘆し、突然その音楽が耳に入ってくることもある。ウィリアム・パーヴィスによる《アラウンド・ザ・ホルン》 (アメリカのスポーツ番組のタイトルでもある) は楽器演奏の難しさを考えれば、かなりの超絶技巧曲になるし、スネア・ドラムのみによる《お説教》は、その背後にある音楽理論を考えるほどタイトルがユーモラスに感じられる。ギターやピアノなどの例外はあるが、ほとんどが単音を主に発する楽器なので、音の重なりよりは線的要素が強調される傾向がある。おそらくバビットをそれを意識して創作に挑んだのだろう。短い作品も多いのでバビット入門には適したディスクといえるのかもしれない。

なお、本CDは、かつてKoch Internationalからリリースされていた音源を移行発売したものである。(2006年7月執筆、2017.2.25. 追記)


2017年2月15日水曜日

バーンスタイン:ウェスト・サイド・ストーリー関連の新著

Julia Foulkes, A Place for Us: "West Side Story" and New York.  The University of Chicago Press.

バーンスタインの『ウェスト・サイド・ストーリー』関連の本は何冊かすでにありますが、ご参考に。

http://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/P/bo21447457.html

A Place for Us: From its Broadway debut to the Oscar-winning film to countless amateur productions, West Side Story is nothing less than an American touchstone—an updating of Shakespeare vividly realized in a rapidly changing postwar New York. That vision of postwar New York is at the heart of Julia L. Foulkes’s A Place for Us. A lifelong fan of the show, Foulkes became interested in its history when she made an unexpected discovery: scenes for the iconic film version were shot on the demolition site destined to become part of the Lincoln Center redevelopment area—a crowning jewel of postwar urban renewal. Foulkes interweaves the story of the creation of the musical and film with the remaking of the Upper West Side and the larger tale of New York’s postwar aspirations. Making unprecedented use of director and choreographer Jerome Robbins’s revelatory papers, she shows the crucial role played by the political commitments of Robbins and his fellow gay, Jewish collaborators, Leonard Bernstein and Arthur Laurents. Their determination to evoke life in New York as it was actually lived helped give West Side Story its unshakable sense of place even as it put forward a vision of a new, vigorous, determinedly multicultural American city. Beautifully written and full of surprises for even the most dedicated West Side Story fan, A Place for Us is a revelatory new exploration of an American classic.

2017年2月14日火曜日

ガーシュイン:《ラプソディ・イン・ブルー》ほか (マズア、小澤、ダウンズ、1970・77年録音)

《ラプソディ・イン・ブルー》ジークフリート・シュテエキヒト(ピアノ)、クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、《パリのアメリカ人》小澤征爾指揮サンフランシスコ交響楽団、ピアノ協奏曲へ調 ロベルト・シドン(ピアノ)エドワード・ダウンズ指揮ロンドン交響楽団 Deutsche Grammophon [Resonance] 427 203-2 (下・左側)

関内のディスクユニオンの安売りコーナーにて「クルト・マズアがガーシュインを振っているの?」と思って買ってきたのが下の左側のCD(割引10%を合わせて279円なり)。まだジャズが生まれたばかりで、明確にスイングなり、どろっとしたブルース感覚が前面に出ない、むしろポピュラー音楽のメインストリームに躍り出ていた頃のジャズとしては、なかなかスタイリッシュに演奏されていて、好感触。《ラプソディ・イン・ブルー》のフレッシュさが残っているというか。HMVのサイトを見たところ、録音は1981年 ライプツィヒとなっていた。このCDには書かれていない。著作権表示だけみると1977年になってしまうけど…。

小澤/サンフランシスコ響は、もうちょっと録音が後ということもあるのか、弦楽器に厚みがあり、後半の盛り上がりなども含めて、なかなかホットな感じ。もっと楽しめる演奏はあるかもしれないけど。

ここまでの2曲は、下の右側のCDでも聴ける(下右側には小澤の《ウェスト・サイド物語》の<シンフォニック・ダンス>が入っていて、これはなかなかの名演)。

ピアノ協奏曲へ調は、冒頭から慎重というか「ドン臭い」感じがした。録音もちょっと冴えないねえ。それでも勿体ぶったピアノ入りからしばらく進んでくると、少しずつ「こういう世界もアリかなあ」という感じにはなってきた。ただ面白いのは第2楽章で、トランペットなんかは、なかなか良いニュアンスだし、終盤のクライマックスは「こんなに盛り上げるのか!」というところがあった。エネルギッシュながら切れ味よく、そして重くない第3楽章も充分楽しめる。第1楽章の冒頭を聴いたところでCDを止めないで良かった。


2017年1月20日金曜日

ウィリアム・シューマン:弦楽四重奏曲第4番

William Schuman, String Quartet No. 4 (1950), Juilliard String Quartet (Columbia ML 4493, LP)

 カップリングはIngolf DahlのConcert a Tre (1947) 。タッシもこのダールの曲を録音していたはず。

W. シューマンの第4は、これが唯一の録音ではないだろうか。 Harmonia Mundi FranceにはLydian Quartet が3曲録音しているが、4番は含まれてなかったはずだ。その4番の最終楽章には、第3交響曲のエネルギッシュな感じは残っているが、その他の楽章は、6番交響曲以降の作品 につながっていく渋い作風だ。過渡的な存在なのだろうか。

YouTubeにジュリアード四重奏団による演奏があった。これはコロンビアのLP音源(モノラル)とはライブ(ステレオ)の演奏だ。



2017年1月16日月曜日

ピストン:交響曲第3番 (ハンソン指揮、1954年録音)

ハワード・ハンソン指揮イーストマン・ロチェスター交響楽団 米Mercury MG 40010(LP)
ピストン:交響曲第3番(ハンソン盤)

クーゼヴィッツキー音楽財団による委嘱。1947年の夏に完成。ピストン(1894~1976)の音楽は、基本的に機能和声を使っているようには聞こえない。しかし、独自に調的な音の中心を作ろうとしていることは確かだ。レコードの解説書には、ピストン自身が、それぞれの楽章の調を明示している。

壮大な第1楽章は、ドラマ的な構築力に長けていて、聴き応えのある音楽。第2楽章は、三部構成によるスケルツォ。エネルギッシュな主部と、ややエキゾチックな感じの副部(ハープの伴奏が印象的)との、面白い対比が楽しめる。第3楽章は、定石通りの緩徐楽章。しかしテンポには何度か揺れが あり、着実な主題展開を披露しているようだ。ダイナミクスに関しても、巧妙に、しかしきっちりとした積み上げがあり、冒頭からは考えられない程の、思いきった広がりが見られる。第4楽章は、ピストンお得意のパワフルなフィナーレ。オーケストレーション(ドラムの使い方など)に特徴がある。シンコペーションの多用も、すっかりお馴染み。

ピストンの音楽には、カラフルなオーケストレーションはそれほど見られない。しかし手堅い構成と力強さで、無駄のない作品を書く。

ハンソンの演奏は、メリハリを利かせ、各楽章の性格を引き出すことに成功している。

なお、三浦淳史氏は、この作品を三楽章形式としているが(『音楽芸術』11巻10号 [1953年10月])、楽章は4つある。

YouTubeにも同音源がアップロードされていた。

2013年7月14日日曜日

バーバー 弦楽のためのアダージョ (1) ストコフスキー リハ動画

たまたまみつけた動画です。情熱的なバーバーのアダージョです。ストコフスキーのリハーサル動画自体が珍しいかもしれませんね。

2013年7月4日木曜日

ロイ・ハリス 交響曲第3番 (トスカニーニ、1940年)

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団 伊dell'Arte CD DA 9020 

トスカニーニらしく、きりりと締まった聴き応え充分の演奏。<田園風>の部分はノーカットである。(執筆日不明。2005.05.06.改訂、2013.7.4.改訂) 

YouTubeでも、このCDからではないと思いますが、トスカニーニによるハリスの3番を聴くことができます。

Prophets of the New

Sonyから20世紀音楽のLPがシリーズ化してCDになるようです。

この中からいくつかアメリカ関連のタイトルを抜いてみますと、次の2つがあります。

Feldman: Rothko Chapel, For Frank O'Hara / Williams, Gregg Smith Singers
Carter: Variations For Orchestra, Double Concerto, Piano Concerto / Jacobs, Rosen, Lateiner

RCAのThe New Music(マデルナ指揮の音源)にはEarle BrownのAvailable Forms Iも入っています。

https://www.facebook.com/pages/Prophets-of-the-New/170146279804966

2013年6月30日日曜日

ロイ・ハリス:交響曲 第3番&第4番《民謡交響曲》(オールソップ指揮)

マリン・オールソップ指揮コロラド交響楽団、同合唱団 Naxos 8.559227
録音:2005 年1月

Naxos Music Libraryへのリンク→http://ml.naxos.jp/album/8.559227

ハリスの第3交響曲にはアメリカの大地を感ずる素朴で粗削りなイメージが強い。バーンスタインの演奏で親しんだリスナーには特にそうだろう。しかしオールソップはしっとりした抑揚の中で、ハリス作品で見逃されがちな洗練されたニュアンスを、和声の独特の移り変わりや、それによる細やかな情感の変転に見出す。アメリカ交響曲の最高傑作の一つとされるハリスの3番が、これほどまでに穏やかに響くとは思いもしなかった。

単一楽章の民謡メドレーとして書き始められ、合唱付ファンタジーに仕上がった《民謡交響曲》も同様のアプローチ。変拍子によるダンスは生命力につながりこそすれ、野卑になることはない。ハリスは生前から録音に恵まれた作曲家だったが、晩年はその名声が後退したため、10番以降の交響曲は未だに聴く機会がない。今後ナクソスが交響曲全集を作り上げていくのが楽しみだ。なお歌詞(翻訳なし) はナクソスのサイトからダウンロードできる。(2006年7月執筆)

2017年8月22日追記:第3交響曲はカットなしの演奏。


2013年6月29日土曜日

ロイ・ハリス:交響曲第3番 (ストリックランド)

ウィリアム・ストリックランド指揮ウイーン交響楽団米Desto DST-6404(LP)
Naxos Music Libraryへのリンク→http://ml.naxos.jp/album/9.80695

バーンスタイン盤と同様のカットがなされている。私がハリス作品を初めて聴いたのが、この音源だった。藤原良久さんの司会によりNHKで5日間にわたってゴッチョークからルーニングまでのアメリカ・クラシック音楽の歴史を辿る番組があり、その時に放送されたも。数年後、同じ藤原良久さんの司会で、ガーシュインの特集が組まれた時も、この録音がアメリカ音楽史を飾る作品として紹介された。

それ以来このLPを探した。かつてはお茶の水のアパートの一室にあったレミントンというお店に注文を出したりもした(番号まで覚えていて、店員の方に驚かれた記憶がある)。結局見つけたのは、1991年だったか、神田三省堂で行われたレコードフェアだった。

という訳で、個人的に想い出深い音源である。 さて、カップリングは、ウィリアム・シューマンの《アメリカ祝典序曲》(風呂のなかで桶をひっくり返したような音だ!)とセッションの《ブラック・マスカーズ》。シューマン作品については、これやキンドラー指揮の録音では、面白さが分らないだろうな、と思う。

なお、ナクソス・ミュージック・ライブラリーでは復刻された同音源が聴ける(上記リンク参照)。演奏者名は、アメリカン・レコーディング・ソサエティ響となっているが、Desto音源のオリジナル盤が American Recording Societyというレーベルから出ており、オーケストラの名前も仮面になっていたものと思われる。(01.1.13.執筆、02.9.6.、05.05.06.改訂、2009年1月15日情報追加)。


ロイ・ハリス(1898~1979)の音楽:ロイ・ハリスについて

オクラホマの農家の丸太小屋で生まれたとされるハリスは、5歳に母親の病気のためにカリフォルニアに移った。家族で歌を歌ったり、家にあったピアノをたしなむことはあったが、特に幼い頃から音楽家を志していた訳ではなかった(ただし高校時代にピアノとクラリネットを演奏している)。 第一次世界大戦には一兵士として活躍したし、大戦後も大学で経済学などを学んでいた。しかしいよいよ作曲家になる決心を固め、アメリカでアーサー・フェアウェルについて基礎を身につけた後、コープランドの紹介で、パリのナディア・ブーランジェに作曲の教えを乞いにいく。しかしアカデミックな彼女の教授法にはまったく満足せず、ひたすらベートーヴェンの弦楽四重奏を独学する。ただしブーランジェが紹介したバロック以前の音楽には興味をもち、帰国後アメリカの国会図書館において、ルネサンス音楽の楽譜集を研究した。 その後《交響曲1933年》の成功において、ハリスの作品はクーゼヴィツキーの目に止まり、この第3交響曲も彼によって委嘱された。当時ハリスはヤッシャ・ハイフェッツのためにヴァイオリン協奏曲を書いたが、作曲者・演奏者両者とも満足せず、作品は撤回された。そのかわりハリスはその協奏曲からの主題を交響曲に取り入れた。作品初演は大成功に終わり、ハリスの作曲家の地位を決定的なものにした。そしてこの作品以後、1940年代まで、ハリスは最もアメリカ的な作曲家として歓迎されていた。ジャズやいわゆる「商業音楽」を使わないという点でも、シリアスなアメリカ音楽を求めていた聴衆に受け入れられたということもあった。

彼の音楽語法の特徴の一つには、まず長調と短調が絶えず織り混ぜられる長く旋法的な旋律線がある。これはきっちりとした楽想の展開を考えた均整感覚のある旋律ではなく、自由に緩やかに紡ぎ出されていくタイプの旋律である。このようなハリスの旋律の動きはしばしばぎこちなく響くのだが、それは彼の旋律が、長調・短調を容易に混合することができる彼独特の和声法に基づいているからだといわれている。第3交響曲では、その他複調(二つの調の和音を同時に鳴らす)も見られるが、調性は、ある音を繰り返し強調することによって保たれている。

また彼の作風は生涯を通して大きな変化を経ることはなかったが、それはハリスには、人は一生に一つの音楽語法を作り上げるものだ、という信念があったことに由来するようだ。しかしそれがかえってマンネリズムを引き起こしたということも否定できない。

ハリスの音楽観は、幼いころ身近にあった山や谷、汽車といった風景や音に影響されており、白人の民俗音楽の伝統も受け継いでいる。ただしもう一つの民俗音楽の流れであるジャズにはあまり興味を持たず、それは感情的に希薄で限りがあるとしている。

しかしハリスは、そういった自分自信にに常に忠実であった。音楽というものは作曲家の感情を捉え、それを伝えようとすることだと考えており、そのような真摯な態度が、武骨ながらも誠実なアメリカの交響曲を生み出したということは言えるだろう。

ところで筆者がアメリカで感じたハリスの評価は必ずしも肯定的なものではなかった。その理由は、彼個人の気難しい性格が必ずしも多くの人に気に入られてなかったということのようだ。さらにそれが乗じて彼のアメリカらしさというのはハリス自身のうまいプロモートだったと主張する人たちもいる(1930・40年代、彼はいろんなメディアに自己の音楽論を執筆していたためだろう)。しかし若くしてチャンスをものにした作曲家が自己宣伝の機会を逃がさず使うことは、生き残りの手段として自然なことでもあるし、ハリスだけが特別自己アピールに長けていたとか、自己アピールが特別強かったというのも、いささか誇張であるように思う。音楽から得られるものを無視して、いたずらに一作曲家を陥れるのも、問題があるように思うのだが。

参考として、例えばギルバート・チェイスのアメリカ音楽史の本をご覧になるとよい。ハリスの扱い方の大きさに驚かれるのではないだろうか。実は第3版よりも、第2版の方が、さらに扱いが大きいのである。

しかし、彼の作品の録音が多く出ているということは、それだけ聴かれているということを示しているし、作曲家の評価というのは、最終的にはやはり作品によってなされていくだろうとは思う。(02.1.7.執筆、02.9.6.、05.05.06.改訂)

アイヴズ:交響曲第2番 (1)

ケネス・シャーマーホーン指揮ナッシュビル交響楽団 Naxos 8.559076
Naxos Music Libraryへのリンク→http://ml.naxos.jp/album/8.559076

このCDの「売り」の部分は、近年編集されたという、音楽学者による、当作品の新しい楽譜、いわゆる校訂版(クリティカル・エディション)を使った最初の録音であるということだ。解説を読んでみると、1951年版のスコアは、バーンスタインの初演のために、ヘンリー・カウエルが準備したもので、それは1907年から10年に書かれた自筆譜をもとに制作されたとされている。ところがこのスコアの編纂(へんさん)は、ずさんで、アイヴズも初演をラジオで聴いてがっかりしたということらしい。
ちなみに妻のハーモニーからバーンスタインに宛てられた手紙には、アレグロ楽章のテンポが速すぎる以外、アイヴズ本人は気に入っていたとあるので、今回の楽譜校訂者が、どの辺りまでのことを指して話しているのかは、分からない。tuzakさんによると、「ラジオを聴いてがっかりしたとありますが、確かどこかで『喜んだ』と読んだ記憶があ」るそうで、「初演には誘われても出かけなかったけど自宅のラジオを聴いて小躍りしたと」もされている。(当サイトの掲示板の記事、10月 9日(月)01時12分49秒より)
特に問題となった箇所は第2楽章のテンポ記号がかなり抜け落ちていることと、第5楽章の場合は、オリジナルとは違った勝手なテンポになってしまったということだった。結果としてはそれが、「バーンスタインのイージーゴーイングなテンポや凡長な緩徐楽章の解釈につながった」とまで書いてある。

満津岡信育さんによる情報
Peer版の2番のスコアは、どうやらカークパトリックがメトロノーム記号を 入れているらしくて、近年はフィナーレなど非常に速いテンポが主流(ヤルヴィの CD、日本での実演では高関=大阪センチュリー、井上=東フィル、岩城=東フィ ル・・・ただし、最後の一つは私は聴いておりませんが)だったのですが、Naxos のシャーマーホーン盤はもっと遅く旧来の路線で演奏されています(ファクシミ リを見る限り、メトロノーム記号は書き入れてないそうです)。それと、ラスト の<クラッシュ>の八分音符の音価は録音史上最も短いかもしれません。(当サイトの掲示板の記事、10月 8日(日)16時19分23秒より)
tuzakさんによる情報
スコアですが、私が持っているのはPEERのもので、確かにメトロノーム速度が書かれています。それでフィナーレが速いん ですか。なるほど。ニ分音符が96とか92とかと指定されています。  カタストロフィが最も短いというのは興味深いです。PEERの楽譜にはsecもスタッカートすらも付いてないんですよね。も ちろん、フェルマータもないんですが。(当サイトの掲示板の記事、10月 9日(月)01時12分49秒より)
今回使われたクリティカル・エディションは、第2楽章の提示部の反復(反復しなくても良いみたいだが)や第5楽章のカット(バーンスタインが、かなり適当にやっていたらしい)など、1951年版になかった部分が復刻され、そのほかおよそ一千箇所も(数えきれないほど多くという意味かもしれないが)手が入っていると解説にはある。また、最終音の延ばしは1951年版のスコアにもなく、これはバーンスタインがアイヴズが亡くなって4年後、米コロンビアに第2を録音した時になって初めて付け加えられた、と説明がある。なお、この録音では短く演奏されている。
なお、クリティカルエディションについてだが、tuzakさんによると、Jonathan Elkus以外に Malcolm Glodstein のものもあり、Tillson Thomasがこの版の初演録音しているとのこと(当サイトの掲示板の記事、10月 9日(月)01時12分49秒より)。
確かに、一聴したところ、第2楽章、第5楽章など、ずいぶんこれまでと印象が違うと思われた場所も多い(版と演奏法については、St. Ivesさんによる考察を参考にしていただきたい)。しかし、実際に音になった第2交響曲が、これによって、ものすごく面白くなったかというと、疑問が残る。作曲者の意図を忠実に再現したいという欲求は、いわゆるクラシック音楽を志す人には多いと思うが、最終的に、それは自分の創造的な表現でなければならないところが、音楽の難しさではないかと思う。(2000.12.3.)

St. Ivesさんのご意見
正直なところがっかりしました、演奏もそうですが、クリティカル・エディションの売り物とも言える2楽章は、演奏の単調さも手伝ってあまりに長いと私は思いました(ベートーヴェンの5番のギュルケ稿を初めて聴いたような感じです)。(当サイトの掲示板の記事、11月25日(土)01時44分41秒より)

2011年11月2日水曜日

ケヴィン・プッツがオペラに挑戦

Opera Fresh: Composer Kevin Puts Will Debut His First Opera in ...: Composer Kevin Puts (Photo: Gregory Downer/Opera News) "When Dale Johnson, artistic director of Minnesota Opera, saw Joyeux Noël , Chris...

ひそかにケヴィン・プッツには注目しているのですが、ついに彼もオペラを作ることになりそうです。楽しみ。